
求人を出すたびに、募集賃金の欄で手が止まります。前回と同じ額でよいのか、少し上げるべきなのか、判断の根拠が見当たりません。結局「他社もこれくらいだから」で決めて、応募が来なければ次回に上げる。そんな決め方になっていないでしょうか。
この記事では、募集賃金を決めるための3つの情報源とその使い分け、最低賃金を確認するときに見落とされやすい点、そして相場に届かないときに金額の代わりに何を提示するかを整理します。数字の出どころと確認の順番が決まっていれば、募集賃金は会議のその場で決められます。
賃金相場を調べる3つの情報源
募集賃金を決めるとき、多くの会社が最初に見るのは同業他社の求人ページです。ただ、そこに並ぶ金額は「その会社が出した提示額」であって、実際に支払われている賃金とは限りません。性格の違う情報源を組み合わせると、数字の意味が変わります。
| 情報源 | 発表元 | わかる数字 | 使いどころ |
|---|---|---|---|
| 賃金構造基本統計調査 | 厚生労働省 | 在籍者の所定内給与額(企業規模・年齢階級・産業・都道府県別) | 自社の水準が世間とどれだけ離れているか |
| 職業情報提供サイト(job tag) | 厚生労働省 | ハローワーク求人統計による職業別の求人賃金(月額)と有効求人倍率 | 募集時の提示額の水準 |
| 求人媒体の掲載内容 | 各媒体 | 通勤圏が重なる他社の提示額と条件 | 自社の商圏の競合状況 |
| 地域別最低賃金の全国一覧 | 厚生労働省 | 都道府県ごとの時間額と発効日 | 下限の確認 |
確認の順番が大事です。まず賃金構造基本統計調査で土台の数字を押さえ、次にjob tagで募集時の水準を見て、最後に競合求人で自社の商圏を確かめます。逆から始めると、たまたま強気に出している1社の金額に全体が引きずられます。下限の最低賃金は、この3つとは別に必ず確認します。
全国平均ではなく、自社と同じ企業規模の欄を見る
賃金構造基本統計調査を使うとき、まず押さえたいのは全国平均を基準にしないことです。令和7年(2025年)調査では一般労働者の賃金は男女計34万600円ですが、これは大企業を含んだ数字です。同調査の企業規模区分で見ると、大企業(常用労働者1,000人以上)38万5,100円、中企業(同100〜999人)32万6,200円、小企業(同10〜99人)30万5,600円と、大企業と小企業の間には約8万円の開きがあります。従業員100名の会社が34万円を基準に悩む必要はありません。
さらに募集対象の年齢階級までそろえます。同調査の男女計では、20〜24歳が24万2,800円、25〜29歳が27万9,400円、30〜34歳が31万2,300円です。誰を採りたいのかが決まらなければ年齢階級も選べないため、募集賃金の検討は人物像の整理とセットになります(詳しくは採用ペルソナ設計を適性検査の数値に落とし込むで扱っています)。
もう一点、この調査の「賃金」は所定内給与額を指します。時間外勤務手当・深夜勤務手当・休日出勤手当などを差し引いた額で、賞与も含みません。自社の求人票の月給に固定残業代が入っているなら、その分を抜いてから比べてください。
最低賃金の確認で見落としやすい点
下限を決めるのは最低賃金です。ここで見落とされやすいのが発効日です。改定額は毎年10月1日に一斉に切り替わると思われがちですが、実際は都道府県ごとに異なります。令和7年度は、栃木県の令和7年10月1日から秋田県の令和8年3月31日まで、約半年の幅がありました。
改定期をまたぐ求人はとくに注意が必要です。厚生労働省が令和8年7月28日に公表した目安では、Aランク54円、Bランク56円、Cランク56円の引上げが示され、目安どおりに改定されれば全国加重平均は1,176円になります。ただし各県の実額は、地方最低賃金審議会の調査審議と答申を経て都道府県労働局長が決定します。いま出す求人が秋以降も掲載され続けるなら、改定後の水準で下限を確認しておかないと、掲載中に下回ります。
月給制で募集する場合、最低賃金を上回っているかは「月給 ÷ 1か月平均所定労働時間」を時間額と比べて判定します。1か月平均所定労働時間は、年間の所定労働日数に1日の所定労働時間を掛け、12で割れば出ます。このとき、月給に含まれていても計算から除く賃金があります。
- 通勤手当
- 家族手当
- 精皆勤手当
- 時間外・休日・深夜の割増賃金
- 賞与など1か月を超える期間ごとに支払われる賃金、結婚手当など臨時に支払われる賃金
たとえば月給17万2,000円(うち通勤手当1万2,000円)、1か月平均所定労働時間160時間の場合、判定に使うのは16万円で、時間額は1,000円です。手当込みの17万2,000円で計算すると1,075円に見えますが、令和7年度の地域別最低賃金は最も低い県でも1,023円ですから、実際にはどの都道府県でも下回っています。求人票への賃金の書き方や固定残業代の表示ルールについては別記事で扱います。
相場に届かないときに動かせる条件
3つの情報源を確認した結果、相場に届かないとはっきりすることがあります。無理に背伸びした金額を出すと、入社後の昇給余地がなくなり、既存社員との間にも差が生まれます。金額を動かせないなら、動かせる条件を具体化します。
条件は、制度名ではなく「その人の生活がどう変わるか」で書くと伝わります。次の5つは、多くの中小企業が実はすでに持っているのに、求人票に書けていないものです。
- 時間:始業終業の選択肢、直近3か月の平均残業時間、繁忙期の長さ
- 場所:転勤の有無、直行直帰の可否、通勤の実態
- 裁量:誰の承認が必要か、自分で決められる範囲はどこまでか
- 習得:入社1年で身につく仕事、会社負担で取れる資格
- 見通し:1年後・3年後に任せる仕事と、そのときの賃金
費用をかけずにできて、確度の高い調べ方があります。直近1〜2年に入社した社員3人に「入社の決め手」を聞くことです。金額以外の理由が挙がれば、それが自社で実際に効いている条件です。想像で書いた訴求文より、実際に選ばれた理由のほうが強く働きます。
あわせて、その仕事が「どういう環境なら力を発揮しやすいのか」も言葉にしておきます。合う合わないは能力の高い低いではなく、環境との相性です。当社のTekiLens(適レンズ)は候補者の特性と職務要件のずれを分析し、面接で確認したい事柄を提示する仕組みですが、まずは自社の仕事の性質を社内の言葉で書き出すところから始めれば十分です。
提示額を決めたあとに社内で確認すること
提示額の案ができたら、公開前に社内で3点だけ確認します。ここを飛ばすと、採用はうまくいっても、あとから社内が揺れます。
- 既存社員との整合:同じ仕事をしている在籍者を新規採用の額が上回らないか。上回るなら、既存社員の処遇を同時に見直すのか先送りするのかを公開前に決めます。
- 昇給余地:初年度の提示額を上げすぎると、1年後に出せる昇給幅が小さくなります。3年後の到達額まで書き出してから初年度を決めます。
- 総額での確認:月額の上乗せは賞与や社会保険料の事業主負担にも波及し、年間の負担増は月額の12倍では収まりません。年額で決裁を取ります。
もう一つ、提示額は1本の数字ではなくレンジで持つと交渉が楽になります。「月給25万円」ではなく「月給24万〜28万円、経験に応じて決定」とし、上限28万円を出す条件を先に決裁者と合意しておきます。面接の場で即答できないと、他社に先に決められます。
最後に、賃金は入社を決める理由の一つにすぎません。入社後に定着するかどうかは、配属と仕事の任せ方で変わります。検査結果を配属や入社後のマネジメントに接続する考え方は、中小企業の採用・適性検査ガイドで扱っています。募集賃金と並行して配置まで決めておくと、提示額の意味が変わってきます。
よくある質問
求人票に書かれた「想定年収」で他社と比べてもよいですか。
年収は賞与や残業代の見込みを含むため、会社ごとに中身がばらばらです。比較するなら、賞与と固定残業代を除いた月額にそろえてください。賃金構造基本統計調査の「所定内給与額」が、その比較の基準にあたります。
同じ職種でも、経験者と未経験者で金額を変えてよいですか。
経験や担当する職務内容の違いにもとづく差を設けること自体は問題ありません。ただし募集時の賃金明示は法令上の要請ですから、どの条件でいくらになるのかを応募者が自分で判断できる書き方にしてください。「経験者優遇」だけでは判断できず、問い合わせ対応の手間が増えます。
応募が集まらないとき、募集の途中で賃金を上げてよいですか。
上げること自体は可能ですが、先に応募・入社した人との間に差が生まれます。上げる前に、応募が来ない原因が金額なのかを確かめてください。閲覧数はあるのに応募がない場合は、勤務時間や勤務地など金額以外に原因がある可能性も検討できます。
表示・クリック・応募のどの段階で止まっているかを管理画面の数字で確かめる手順は、応募が来ないとき、どこで止まっているかを数字で確かめるにまとめています。
パート・アルバイトの時給はどう決めればよいですか。
最低賃金が下限ですが、実勢はそれより上にあります。令和7年賃金構造基本統計調査(令和7年6月分)では短時間労働者の1時間当たり賃金は男女計1,518円で、令和7年度の地域別最低賃金の全国加重平均1,121円を大きく上回ります。地域差が大きいため、都道府県別の統計表と近隣店舗の掲示を併せて確認してください。
内定を出した相手から賃金の交渉を受けたらどうすればよいですか。
あらかじめ決めたレンジの上限内かどうかで判断します。上限を超える要求には、勤務時間や業務範囲、次の昇給時期など金額以外の条件で応じられる余地がないかを検討してください。その場で口頭合意せず、社内決裁を経てから書面で伝えることをおすすめします。
参考にした資料
- 厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査 結果の概況」(令和8年3月24日公表)
- 厚生労働省「令和7(2025)年賃金構造基本統計調査の概況」(PDF・令和8年3月24日)
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」
- 厚生労働省「令和7年度 地域別最低賃金 全国一覧」(PDF)
- 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(令和8年7月28日公表)
- 厚生労働省「最低賃金額以上かどうかを確認する方法」
- 厚生労働省「職業情報提供サイト(job tag)賃金・求人倍率で検索」
- e-Stat 政府統計の総合窓口「令和7年賃金構造基本統計調査 統計表」
本記事の数値および制度の記載は2026年8月時点の公表資料にもとづきます。最低賃金のように毎年改定される項目や、法令の改正が予定されている項目については、必ず最新の公表資料と所轄の労働局等でご確認ください。
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